エロスの涙が滴る⑨
(三)
【言葉嬲り(続き)】 黒鬼の手帖から
「恫喝」は言葉嬲りの中でも有効な方法である。恫喝によって被験者に恐怖と混乱を与え、周囲に張りめぐらせた「自己」という壁を次第に破壊していく。もはや抗っても無駄であると観念させ、抗えば抗うほどに苦しみが増し、抗うことをあきらめ、壁を打ち壊して「自己」を否定し、ひたすら隷従すれば、あらゆる苦から心が解放され楽になるのだと誘導していく。
人間はそもそも集団で生活する生き物だから、常にコミュニケーションを取ろうと反応する。話しかけられると、無視できずにそれに答えようとし、かけられた言葉ひとつひとつに反応してしまう。激しい言葉で恫喝すれば、感情がかき乱される。言葉で蹂躙される方が肉体を責められる以上に心に大きなダメージをもたらす。それを利用して、被験者を地獄へ落していく。恫喝によって激しく心を揺さぶり、混乱させ、自尊心をメチャメチャに破壊して、ただひたすら隷従するしか生きる道がないと思わせる。いかに身体的苦痛を味わおうと隷従している方が楽だと頭にすりこんでいく。これを繰り返すことで、被験者は自ら考えることを停止し、自己の壁は破壊される……
女がいかにも哀しそうな顔でこちらを見ていた。
その潤んだ瞳を観察すると瞳孔がかなり開いているのがわかる。額に汗もにじんでいる。息づかいも速い。クスリの効果が現れ始めているのだ。この分なら、今や局部は熱を持ってズキンズキンと疼いていることだろう。
さきほどは、セックスしたいとまで口に出した。高まっていく性欲をなんとか解放したいと願っている。身体を抱いて、犯してもらえば、身体の火照りをなんとか鎮められるだろうと思ったのだろう。
だが、そんな風にはいかない。簡単に欲望を満してやるような事はしない。時間を掛けてじらしにじらしてやる。そして、どんどんと羞恥責めのレベルをあげていく。
「あそことはどこのことだ?」
竜造はわかりきった事をわざとしつこく訊いた。
女はイヤイヤと顔を横に振る。
さっきは「セックスしたい」とまでいったのに、自分の性器をあからさまに口に出すことは憚れるのか?
まだ羞恥心が拭えていない。そんなものはすぐ木っ端微塵に破壊してやる。
「いえないのか? それなら、このままだ――ずっと、そこでそうしていろっ!」
女をこの状態のまま放置すると脅す。脚を大開きにして、すべてを晒している。吊り上げられた脚もう痺れはじめている。この恰好でいるのはもはや限界だろう。だから、この状態で放置するぞという恫喝はかなり効くはずだ。
「大人しく命令に従う方がいいぞ。そうしないと、明日の朝までそのままだ。いや、明後日になるか明明後日になるか。脚は血が通わなくなってうっ血し、そのうちに壊死がはじまる。縛られたまま、身体が腐っていく。いや、それより前に、気が狂う方がさきかもしれんな」
「そんなひどい! いやです!」
女が声を上げた。そう、これでいい。
「いやです! このままなんていやですっ!」
竜造はわざとゆっくりと女のそばへ歩いた。ゆっくりと、間をとって訊く。
「いやなら、もったいぶらずにいってもらおうじゃないか。いえば楽になれるのだ」
女の顔に観念した表情が浮かんだ。
「いいますっ、いいますから……」
女はそう一気にいうと、がっくりと顔を伏せた。
そうだ。それでいい。
いったん始めてしまえばこっちのものだ。
始めるともとへは戻れない。奴隷への道をまっしぐらだ。
竜造は湧き上がってくる笑いをなんとか噛み殺した。