すべては秘密の夜から④
(三)
啓太からは何ひとつ連絡がなかった。
名刺にあった携帯の番号に何回も電話を掛けてみたが、いっこうに繋がらない。あれから二週間が過ぎていた。私はもう啓太の事を諦めようと思った。
そんな矢先の木曜日の夜、携帯が鳴った。
「もしもし、岩室ですが……」
「ああ、玲子さん。浅井です」
元気な声が電話の向こう側から聞こえた。
「えっ、浅井さん? 私、何度も電話したんですけど、全然、繋がらなくて……」
「そんなに、何度も電話してくれたんですか。すみませんでした。僕、海外にいたので連絡できなくて……。ところで玲子さん、明日の夜、空いています?」
「明日ですか……一応、大丈夫ですけど……」
「よかった。玲子さんの誕生日って、来週ですよね?」
「えっ、そうですけど。どうして知っているの?」
「いやあ、こないだの夜に、保険証にあるお名前と生年月日を見てしまったんですよ。もし、玲子さんがよければ、僕の部屋に来ません? 二人でバースデー・パーティはどうかなと思って……」
保険証は財布の中に入っていた。そんなところまで見たのかとちょっと訝りながらも、思いかけない誘いに胸がときめき、言葉に詰まった。
「……」
「無理なら、気にしないでください。他に先約もあるでしょうし……」
「先約だなんて……私」
私は慌てた。私の誕生日を祝ってくれる人などいない。
「大丈夫です。浅井さんの処に伺います。鍵も返さないといけないし……」
「ああ、よかった。鍵は気にしないでください。では、七時でどうです?」
「七時ですか、いいです……」
「それじゃあ、夜の七時にお待ちしています。楽しみだなあ、玲子さんにまた会えるなんて」
「わ、私も……楽しみにしています」
「じゃあ、お休みなさい」
「あっ、お休みなさい」
電話が切れた。
もっといろいろ話すことはあったはずなのにと私は自分の会話の拙さを後悔した。そして、次に明日の夜の事を想って、思わず顔を赤らめた。
次の日の夜、私はおめかしをして啓太のマンションを訪ねた。
チャイムを鳴らすと部屋の中から料理のいい香りと伴にエプロン姿の啓太が現れた。
「やあ、いっらしゃい」
「あのう、私……」
と私は頭を下げた。
「この間は、とてもご迷惑をおかけしました……」
「どうぞ、中へ入って下さい。待っていましたよ」
啓太は明るく笑って、私を部屋の中に誘った。
先日の記憶が蘇ってきて、私は思わず顔を赤らめた。入り口で躊躇っていると、
「さあ、早く中に入ってきてください」
と啓太は私の手を取り、玄関から部屋の中へ引き入れた。