すべては秘密の夜から⑤
啓太は私をソファーに座らせて、「しばらく、くつろいでいて下さい」というと、背を向けてキッチンで忙しそうにしている。
「あのう、何かお手伝いしましょうか?」
ためらいがちに啓太の背中に声をかけた。
「お客様はしばらくそこで待っていて下さい。もうすぐ終わりますから!」
啓太は私の方を振り返り、にっこりと笑った。
やがて、啓太はキッチンから離れ、テーブルの上に皿とグラスを並べると、今度はテーブルの中央に料理の皿を置いた。
「たいへんお待たせしました。玲子さん、どうぞこちらへ……」
啓太は私に向かってお辞儀をし、ダイニングテーブルの椅子を引いて待っている。私が椅子のところまで来ると、
「どうも、七時までに仕上げるつもりが、ちょっと余計に時間が掛かってしまいました。どうもお待たせしてすみません」
と少年の様に笑った。そして、ワインクーラーから瓶を取り出すと、音を立てて栓を抜き、やや緑がかった黄金色の泡立つ液体を私のグラスに注いだ。
「今日は、来てくれてありがとう。ちょっと早いけれど、お誕生日おめでとう!」
啓太の言葉に心臓が高鳴った。私は「落ち着くのよ」と自分にいいきかせ、やっとの事で、
「昨日は、お電話を頂きありがとうございました。誕生パーティなんて、私、びっくりしました……」
といった。
「いやいや、先日はどうも貴女を酔わせてしまって、その罪滅ぼしですよ」
「そんな、私こそ、あんな風になってしまって、ホントに、ホントに恥ずかしいです……」
「さあ、何はともあれ、乾杯しましょう。玲子さんのお誕生日と、僕たちのこれからを祝って」
啓太がグラスを差し出した。
「はい……」と言って、私もグラスを合わせて、中の酒を飲んだ。
よく冷えた酒は甘く、芳香が口一杯に拡がった。
シャンペンを飲みながら、啓太の作った前菜を食べた。
シャンペンは海外で購入したもので、私の誕生パーティの為に特に選んだものだと啓太は説明した。
前菜はサラダとフォアグラのテリーヌで、ドレシングやテリーヌも彼自身が買い付けた物だという。
「僕の仕事は貿易で、海外でいい物を見つけるとそれを仕入れて日本で販売するっていうことをやっているんです。この部屋の家具やインテリアの小物類は北欧から仕入れたものなんです」
と、啓太は説明した。私は目を丸くして彼の話を聞いた。
「じゃあ、海外へは頻繁に行かれるんですね」
「そうですね。一年のうちの半分は海外なんです。世界各国に行きましたが、最近はヨーロッパが多いですね」
「どうして?」
「それは歴史が違うからです。アメリカだとどうしても実用性が中心になるけれど、そういうものは日本でも手に入ります。デザインや色使いなど、あっこれはというのはほとんどヨーロッパ製なんです」
「うらやましいです。いろんな国に行けて……」
「そんな事ないですよ。仕事で行っても味気ないし。それに海外にばかりいるので、彼女もできません」
啓太は頭をかいて、再び私のグラスにシャンペンを注いだ。
「浅井さんみたいな素敵な男性でしたら、周りが放っておかないでしょう」
私は注がれたお酒に口をつけ、啓太に聞いた。
「それが、なかなかそうじゃないんですよ。やはり、出会いが重要なんだと思います。そういう意味で、先日は玲子さんにお会いできてラッキーでした」
「まあ、お上手。私こそ、ああいう場所は初めてで、どうしたらいいか分からなくて、浅井さんにお会いできてよかってす」
「玲子さん。どうか、名前で『啓太』と呼んでください」
啓太は微笑んだ。
「はい――」
私はちょっとためらった後、「啓太さん」とつけ加えた。
短い沈黙があった。
「おっと、そろそろいい時間だな。さきほどからいい臭いがしているでしょう」
啓太はキッチンへ行くとオーブンを開けた。部屋中に肉の焼けたいい香りが立ちこめた。啓太はオーブンの中の肉を皿に移した。
「ローストビーフなんですよ。お肉に大蒜といろんなハーブをすり込んで焼いてみました。お肉は大丈夫ですよね」
ナイフで肉を切り分けながら、啓太が尋ねた。切るたびに肉汁が溢れたしている。
「おいしそう! いただきますわ」
「ポテトやにんじんも添えてあります。そうだ、ちょっと待って。とっておきのものがある」
そういうと啓太は棚から瓶を取り出してきて私に見せた。
「これは玲子さんの生まれた年のヴィンテージワインなんです。お肉だからこの赤がいい……」
「へえーつ。私の生まれた年のワインなんて素敵だわ」
啓太は大きなワイングラスを取り出して、それにワインを注いだ。
「では、もう一度、乾杯しましょう。こんな美しい人が生まれた日に!」