アレクサンドロス戦記(四十)第二章③
青い芽が吹き始めた草原に、春とはいえまだ冷たい風が吹きつけていた。
プププップーッと鋭いラッパの音が響き、長槍を携えた重装備歩兵の一隊が現れた。横一列に八名が並んで、槍を立てて行進してくる。足並みは一糸乱れず、ザッザッと土を蹴る音が小気味いい。草原の中央まで来ると、列の一番右側の兵を先頭にして、縦に整列し始めた。つぎの八名が後ろに並んで十六名の縦列を作る。そして、十六名ずつの縦列が隣へ、隣へと作られる。大隊全部が整列したところで、号令がかかった。それに合わせて、槍が前に突き出される。ヒュッという空気を切る鋭い音。長い槍だ。その槍を突き出した状態で、兵たちはザッザッザッと前進し始めた。
また、号令。槍が上がり、後ろの八名が前に出て、方陣の密度が二倍になった。次の号令では全員がいっせいに右を向く。ヒュッという音がして再び槍が突き出され、今度は右へ右へと前進が始まった。再び号令。十六名の縦列に戻り、元の向きまで回転して静止。つぎつぎに大隊が現れて布陣していく。そしてあっという間に、重装備歩兵の延々と続く壁ができてしまった。
大きな音でラッパが鳴った。ダダダッという蹄の音がして、騎兵隊が出現し、歩兵の壁の両脇に布陣した。そして、次のラッパを合図に左翼の騎兵隊が駆けだした。続いて右翼の騎兵隊がそれに続く。
「アラララーーイ!」
そう叫びながら、楔型の隊形で騎馬の群れが疾走する。ラッパが鳴って、今度は歩兵が前進し始めた。
「アラララーーイ!」
あちこちで声が上がる。
毎日の厳しい訓練に鍛え上げられた、最強の軍隊がそこに展開していた。軍の動きは見事に統制されているのだ。一つ一つの号令に、兵たちは一糸乱れずに動くことができる。司令官の意思の通りに、まるで生き物のように形を変え、動いている。
この無敵の軍隊がアナトリアの地でペルシア軍を粉砕する。そして、ペルシアの支配から全ての都市を解放するのだ。私は感動に打ち震えた。そして、ギリシャがマケドニアに支配されるのも無理はないと思った……。
そこまで書いたところで、ソロンは筆を止めた。眼をつむると、デルファイでのアレクサンドロスの記憶が蘇る。端正な顔立ちの若い王。だが、その眼光は鋭く、全てが見透かされてしまうようだ。絶対的な自信に満ちた溢れた行動。高い理想と野望、そして悪魔のように残酷な仕打ち……このような男がギリシャ最強の軍隊を握っているのだ。
この先、いったい何が起こるのだろうか?
ソロンは心の中に大きな恐怖が湧き起こるのを感じた。その恐怖から逃れようとソロンは足掻いた。だが、努力すれば努力するほど、心の中の怯えは大きなものになっていくのであった。
――これではダメだ。もっと気持ち落ち着けなくては。そうしないと見えるはずのものも見えてこない
ソロンは大きく息を吸って、今度は肺の中の全てをゆっくりと吐き出していった。怯えが和らぎ、少し気持ちが楽になった。気を取り直して、ソロンは再び手記を続けた。
――そうそう、あの事を書いておこう。ヘレスポントスを渡った日のことだ。私はカリステネスとともに、王の気まぐれにつき合う事になったのだ。王の気まぐれ? 確かに始めはそう思えたのだが……