アレクサンドロス戦記(六二) 第三章③
(二)遭遇 ソロンの手記
私、ソロンは「グラニコス河畔の戦い」について記すことにする。
これはマケドニア軍とペルシア軍の最初の合戦だが、決して両軍の決戦という訳ではない。だが、王の伝記作家カリステネスがたっぷりと潤色したことで、事実とは相当異なって受け入れられてしまっている。ほんとに彼の才能には驚かされる。
……六月なった。マケドニア軍は東に向けて移動していた。ぺルシア軍を探し求めていたのだ。なんとかダスキュレイオンに着くまでに敵と遭遇したい、これが私たちの本音だった。エウメネスが報告した通り、マケドニア軍の食料がかなり少なくなっていたからだ。マルマラ海沿いの都市からの食料供与は思ったより少なかった。どうやら、この地においてはマケドニアはそれほど歓迎されていないようだ。
このままだと戦う前に、私たちは飢えてしまう。深く侵攻すればするほど、帰るに帰れなくなる。ペルシア軍は私たちを内陸奥深くまでおびき出しておいて、食料が尽きたところで、圧倒的な戦力で総攻撃をかける気ではないか? 私たちはそれを心底怖れていた。
ところが、グラニコス河の近くまで来た時、偵察から帰って来た兵士が異常を告げた。河の向こうに、ペルシア軍が集結し、すでに戦の準備を済ませているというのだ。
グラニコス河はイダ山中に源を発し、北に流れてマルマラ海にそそいでいる。アレクサンドロス陛下は戦闘態勢の整った軍を、隊列を崩さない様にして河に向けて進行させた。つまり、重装歩兵に二群の密集戦列をとらせ、騎兵隊を歩兵の前後に置いて進ませたのだ。その後に輜重隊が続く。時はすでに午後をかなり回っていた。
ようやく河が見えて来た。河幅は二十メートルくらいだろうか。両岸は険しい堤になっていて、相当ぬかるんでいるように見えた。
ペルシア軍は山の麓に陣取っている。すぐに攻撃を仕掛けてくる気はなさそうだ。ヘレスポントス・フリュギア、リデュア・イオニア、カッパドキアの旗しか見えない。近隣管区の兵が集まっているにすぎないと思えた。
陛下はペルシャ軍とわれわれの軍の中間に河が来るように陣を敷いた。そして、早速軍議を開いた。
情勢分析は次のとおりだった。
まず、敵の勢力は三万五千くらい。つまり、我々の七割程度で、それも近隣管区からの寄せ集めだ。だから、数の上では勝利することができる。
問題は渡河だった。河にはとこどころ深みがあるように見受けられ、堤は場所によっては切り立っているので、簡単に渡河できない。陣形が崩れるのは間違いない。前後に間延びした隊形で対岸に取りついたところを、密集隊形の騎兵隊に攻撃されればひとたまりもないだろう。
さらに、マケドニア軍はここまで行軍を続けていて、兵はかなり疲弊している。だから、十分に戦えるかどうか不安がある。
加えて、もう日暮れも近い。暗くなると戦闘においてかなりの混乱が予想される。指令伝達が困難になるだろう。
そこまで分析が終わったところで、「さて、皆の意見を聞こう」と陛下が口を開いた。
意見は真っ二つに割れた。
ひとつは、ペルシア軍など取るに足らないから一挙に攻めて蹴散らそうというペルディッカスなどが主張する勇猛果敢なもの、もうひとつは、今日はここに露営し、戦闘は明日に延ばそうというプトレマイオスなど慎重派の意見である。