一万一千本の鞭⑤
竜造が鞭を構えるのが見えた。
口端を引き上げて、嫌らしい笑みを浮かべている。悪魔の笑みだ。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ
空気を切る音が次第に大きくなる。
クルクルと回転しながら鞭が近づいている。
玲子は目を閉じた。もう、これ以上、怖ろしい光景を見たくない。もうどうにでもなれ、もう……
鞭先が臀部の皮膚を捉えた。
「いやああっ!」
パチパチパチ、パチパチパチ
鞭の先端が連続して玲子の臀たぼを打つ。
次第に音が大きくなり、衝撃も増してきた。
「うっ、うっ、うっ!」
ぶたれるたびに声が出てしまう。
「うっ、うっ、うっ!」
お尻が、お尻がちぎれそう!
ズシリとした重い衝撃が玲子を襲った。
「うわああっ!」
これまでとは違う。竜造が力をこめて鞭を振っているのだ。
痛い、痛い、撲たれているのはお尻なのに、身体全体が痛い!
痛みが引かないうちにつぎの痛みがくる。
つぎからつぎへと激しい衝撃が襲ってくる。
玲子は歯を食いしばって耐えた。耐えようとした。痛みに耐えることが全てだった。
涙が出てきた。溢れて止まらなくなった。鼻水までこぼれてきた。
これは何? 私はどうしてこんな目に合うの?
玲子は心の中で叫んだ。
こんな苦痛をいつまで受けなきゃいけないの? こんな世界に飛び込んだ自分が馬鹿だった。後悔しても後の祭りだ。
今は耐えるしか無い。こんなことがいつまでも続くはずはない。耐えよう、なんとか耐えよう。
しばらくすると、痛いという感覚が薄れてきた。
ぶたれているところが灼けるように熱い。
さらに、痛みとともに抵抗しようという気持ちも薄れつつあった。
最初は鞭の打撃に対して身構え、ぶたれた後は身体を固くして、痛みに必死に耐えた。
しかし、今はもうどうでもよいという諦めが先に立つ。そう思うと身体から力が抜けていった。
縄に身体を預けて、ぶたれるままになる。
何も考えられない。
立っているのが辛い。
脚が痙攣して、腰が砕けた。
だらりと縄にぶら下がる。
頭の中が真っ白になり、意識が遠ざかっていくように思えた。
鞭が止まった。
玲子はそれに気づかなかった。少しして、意識がはっきりしてくると、ずっと続いていた打撃が止まっていることが分かった。
終わったのか? もうぶたれていない。終わったのだ! もう鞭打ちは終了したのだ!
玲子は安堵の息をついた。
ぶたれた処がジンジンしていた。
熱い、火で炙られているように熱い。
玲子はその時、痛みとは別に下半身に妙な感覚があるのに気づいた。
何だろう?
玲子は目を開いた。
陽が燦々と差し込んでいる和室である。
目の前に鏡が置かれていた。
そこに映っているものを玲子は見た。
女がいた。
ひどい格好だった。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔。無数の紅い筋が腰の辺りについている。
女の下腹部が見えた。
そこに手があった。
大きな男の手。太いゴツゴツした指。
その先にはぱっくりと割れた花弁。
蜜をいっぱいに溜めたその中央に太い指が刺さっている。
指はゆっくりと動いていた。
肉襞がまくれ上がり、虚ろの中へ指が沈んでいく。
根元まで沈み込み、今度は後退して、濡れて鈍く光る指先が現れた。
あたかも生き物のように、指は明確な意思を持って動いていた。
その動きに合わせて、鏡の中の女が悶えていた。
女は指をより奥深くまでめり込ませようと腰を動かし、指の付け根が見えなくなると今度は左右に振る。
ビチャビチャと卑猥な音が聞こえた。
「あっ、いやあっ」
玲子は思わず眼をつむった。
身体が私の意思とは無関係に男を迎え入れようと動いている。
いや、無関係ではない。それが私の意思なのだ!
私は指を欲しがっている。激しい愛撫を求めている。
「ああああっ」
私の性器。媚薬を塗り込まれた性器。爛れて熱を持った性器。言葉嬲りで焦らしに焦らされ、濡れに濡れた性器。男を求めている性器。
燃えたぎる性器をぐじゃぐじゃにされたい。
鞭打によって心を木っ端微塵に破壊された後、傷ついた身体に加えられる性技は、今まで味わったことのない甘美な感覚を玲子にもたらしていた。
目をつむり、意識を加えられている刺激に集中させる。
指が創り出す痺れる様な感覚。
こ、これは凄い……こんなの、こんなの初めて……
これに比べれば、普通のセックスなどほんのお遊びだった。何もかも忘れてしまうほどの快感なのだ。
「ああっ、感じるぅうう……いい……いいいっ……そこ……そこ、そう、いいいっ……」
玲子は叫んでいた。もう目を開けて、鏡の中の自分の淫らな姿を見る余裕もない。
ただ一心に、高みに向けて一気に突き進もうとひたすら腰を動かしていた。
もっと、もっと、もっと!
どんどん昇っていく、そうそう、もっと、もっと、もっと!
もっと、もっと、もっと!
もっと、もっと、もっと!
そう、そこおっ、いい、いい、いいいいっ…
だが、その望みはかなえられない。
あと一歩というところで男は玲子の性器から指を引き抜く。
めくるめく世界のすぐ手前で、目の前のドアがまた閉じられてしまうのだった。
「さあ、つぎは脚をぶってやろう」
竜造の冷たい声が聞こえた。
バチバチバチと肉を打つ音。
脚が撲たれている。強く撲たれている。激しく撲たれている。
もう立っていられない。
打たれる度に足が宙に浮く。
縄に身体を預ける。
身体が振り子の様に揺れる。揺れる、揺れる。
その揺れに合わせて、さらに強くぶたれる。
激しい連続打擲。
息ができない! 苦しい! 助けてぇえええ……
死ぬと思った瞬間、鞭が止まった。
酸素を取り入れようと、荒い息をする。その途端にゴホゴホと咳き込んだ。
酸っぱいものがこみ上げてきて、口の中いっぱいに広がる。それを無理矢理飲み込んだ。
「脚を開け」と男の声。
また身体の中で指が動き出す。
身体の奥深くが掻き回されている。
「いい……いいいわああっ……そこぉおっ……そこぉおっ……あっ、だっ、だめえっーぇぇぇっ……!」
必死に、声を吐き出す。かすれた声を。
そして、頂点まで上りつめようという瞬間、また喜びの世界から引きずり下ろされてしまうのだった。