一万一千本の鞭④

 ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ。

 空気を切り裂く鋭い音。散り散りになった空気の破片が玲子の顔に当たった。

竜造が鞭の調子をたしかめているのだ。皮膚を切り刻むことができるかどうか。

脇の下から冷たい汗が流れ、脇腹に伝う。

 恐怖が玲子の身体に満ちていく。

「いやっ! ゆ、ゆるしてっ! お願い、ぶたないでっ!」

玲子は大声をあげた。竜造がニヤリと笑う。

「いくらでも叫べ。叫んでも誰も助けにこないぜ。大声を出して泣け。泣きわめけ。そんなことが出来るのも今のうちだ。すぐにそんな気力も失せる」

「いやあっ、いやあっ! いやあっ! いやあっ!」

玲子は口をへの字に曲げて、何度も首を激しく横に振る。ほつれ髪が顔にかかった。

竜造がゆっくりと腕を持ちあげる。

ぶたれる! 玲子は身構えた。

バシッ。

大きな音。

「痛いーっ!」

 悲鳴をあげる。太股がジーンと痛む。

竜造がゆっくりと腕をあげた。

「いやあっ! お願いっ! ぶつのはやめてえっ!」

竜造が笑う。

「痛いか?ほんの手始めに軽く触っだけだ。赤くもなっていないぜ」

目の前で鞭先がブラブラ揺れている。

「ほんとうの痛さというのはな――」

 そういうと竜造は一歩後ろに下がった。そして、鞭をゆっくりと持ち上げると、頭の後に振りかぶる。鞭先が後に流れたかと思う瞬間、竜造の身体がしなり、腕が激しく前に繰り出された。そして全体重をのせ、最大に加速された鞭先が玲子の太股を襲った。

ズシリと重い衝撃。先ほどとは比べものにならない痛み。骨が砕け散るかと思えるほどの破壊力。

「ぎゃああああっ!」

 大きな悲鳴の後、今度は「ううううううっ」と呻く。

言葉を出す余裕など微塵もない。

 痛みがどんどん増してくる。

「ひぃいいいいいいいっ!」

身体が痙攣を始めた。ヒックヒックと背中が引きつる。

 しばらくすると痙攣は収まり、痛みも引いてきた。玲子は皮膚が裂けてしまったのではないかと不安になった。

太股に指が触れている。鞭が当たった部分をなぞっている。

 触られると引きかけていた痛みがぶり返してくる。

「鞭の痕がついている」

男の声がした。ご主人様と呼ばれている男の声だ。傷痕を調べているらしい。

「赤くなっているだけだ。すぐにぷっくりと膨れあがってミミズ腫れになる。皮膚が破れるまでには至っていない」

「九尾のバラ鞭ですからね、エネルギーが分散している」

 と竜造の声。

「この鞭自体は破壊力はそれほど強くないですが、このように腰を入れ、体重をかけて打つと激しい衝撃を与えることができる――同じ処を打擲し続けると、そのうちに皮膚が破れて、血が滲み出す」

「血が滲み出すか……そいつはいい。身体中、血の滲むまで鞭の痕を刻んでやれ」

 なんと酷いことをいうのか。こんなに激しい鞭で全身を打とうというのか。私はいったいどうなる?

「そのつもりです」

 竜造がいともたやすく肯定した。

調教師――この男にとってはこんなこと日常茶飯事なのだろう。

玲子は男達の会話に凍りついた。

私はこのまま血が出るまでぶたれ続ける。

身体中の皮膚が破れ、血が噴き出し、そしてあまりの痛さに狂い死ぬのだ!

  • 筆者
    office-labyrinth
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