(三)人間のセックスが異常なワケ

あなたは何のために生まれてきたのか? 私たちの存在する理由は何なのか? と尋ねられたらなんと答えるだろうか?
進化生物学によれば、生物の存在目的はたった一つ。すなわち、「自分の遺伝子を残す」ことなのだ。

人間も一つの生物であるから、当然この掟が適用される。前回、述べた人間の三つの欲望「食欲」「睡眠欲」「性欲」のうち、はじめの二つは生命を維持する為に必須の要件だが、「性欲」はそうではない。別にセックスしなくても死にはしない。だが、これは生物の存在目的にかかわる極めて重大な要件なのだ。

さて、前回、人間のセックスが他の生物に比べて異常であると述べた。前掲の本「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」【一】によれば、他の動物に比べて人間のセックスが特異な理由は「進化生物学の問題」であるという。つまるところ、「遺伝子の伝達を最大化する」自然淘汰のプロセスのためだというのだ。では、詳しくみていこう。

昔、五月みどりさんの主演で「五月みどりのかまきり夫人の告白」という映画があった。カマキリのメスは交尾が終わると同時にオスを食い殺す、という習性がある。カマキリの様に付き合った男が悲惨な運命をたどる妖婦のイメージが五月みどりさんのイメージに合致して、たいそう評判を呼んだものである。オスを食い殺すカマキリの性行為はとてもショッキングだ。
しかし、そんなカマキリの行為も、「分子生物学」から見れば、遺伝子を残す秀逸な戦略なのだ。

つまり、個体密度の低い地域に生息するカマキリのオスは、メスに出会うことが滅多にない。だから、出会ったメスを利用して多数の子孫を残すことが、遺伝子を残す最良の方法なのだ。そのメスと別れた後、別のメスに出会う可能性は極めて低いのだから、「遺伝子を残す」という点ではオスがそれ以上生きている意味はない。それなら、いっそメスに栄養を与え、卵にも栄養が行き届かせよう……と、カマキリのオスは自らの身体を差し出すのだ。

さて、人間の場合はどうだろうか?

人間は妊娠期間も長く、生まれてきた赤ん坊も生まれた直後は起き上がることさえできず、かなり長期間、とても自力では生きていけない。だから、非常に長い養育期間が必要となる。さらに、その間、食料の調達・外敵からの防御なども必要で、片親だけではとても荷が重い。だから、夫婦ペアで子育てするようになったと思われる。
さらに人間は個々ではとても非力な動物なので、集団で身を守る必要があり、このため夫婦は共同コミュニティの中に入ったと考えられる。

では、どうして人間には発情期はなく、年がら年中セックスが可能なのだろうか?

それは、前回示した、「排卵は隠されており、それを宣伝するようなシグナルは現われない」ことと関係がある。
標準的な動物ではメスが交尾を誘うのは受精の可能性のある数日だけで、それ以外はオスを刺激するシグナルを出さない。オスには特に発情期はなく、メスが発情期に入ってオスを誘うのでセックスするのだ。
 人間の場合、女は排卵日を知らないし、外的なシグナルも表れないので、特に発情期を持たないという事になる。

どうして排卵日が分からないことが、年中、セックスをすることに繋がるのか?

前書の第三章には、このことに関する諸説、およびトルメリとメラーの「種間比較法」による重要な研究について詳細に述べられているので、詳しくはそちらをお読みいただくとして、ここにはその結論のみを示そう。
まず、われわれの祖先たちは「乱婚」から「ハーレム婚」へと移行していった。これらの配偶システムで問題になるのが「子殺し」である。つまり、授乳期間中は女は排卵できないので、授乳を停止させて女の排卵を可能とし、セックスによって自らの遺伝子を残せるように、他の男の遺伝子を持つ子を殺すのである。
これを回避する為に女は排卵を隠すようになった。そして、さらに進化して、女は優秀な男を選び、一夫一妻制に移行して、「誘惑したり脅したりしながら男を家にとどまらせ、自分の産んだ子にたくさんの保護や世話を与えさせた。男は自分がその子の父親であることを知っているから、安心して子育てに励む」というのである。

「まあ、恐るべきは女かな! 男は女に上手いように利用されているだけだ!」と、僕が叫んだら、隣で聞いていた遠山ケイさんが怖い顔でジロリと睨み付けた。

参考文献
【一】ジャレッド・ダイアモンド「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか?」(長谷川寿一 訳)草思社

  • 筆者
    office-labyrinth
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