(十九)幸田露伴「風流仏」①

今回は幸田露伴の「風流仏」を取り上げる。この作品は明治二二年九月に吉岡書店「新著百種」の第五号に発表された。露伴の処女作は「露団々」であるが、それはさほど評判にならず、この「風流仏」が彼の出世作となった。当時の反響はすばらしいもので、例えば、正岡子規は「若し小説を書くならば風流仏の如く書かねばならぬという事になって仕舞ふた」と述べ、「風流仏」をまねた小説「月の都」を書いてしまうほどだった。

僕はこの作品で露伴が好きなった。言文一致ではないし、会話の部分が「」で区切られていないし、延々と文が続いていくので、現代の読者にとってはかなり読みにくいが、それがひとつの味であり、まるで全編が格調高いうたの様で、声に出して読みたいと思わせる。話の構成も工夫されているし、エロチックなところもかなりある。

 この題名の「風流仏」とは何だろうか? 前回取り上げた「二人比丘尼色懺悔」などは、タイトルを見ただけて思わず中を覗きたくなるが、「風流仏」だと何のことかわからない。このタイトルの意味するところについては、最後に考えることにして、まずは話の筋を見ていこう。

 主人公は珠運という仏師。彼は奈良、鎌倉、日光などにある匠の作品を見て歩こうと、独り身の気楽さから家財を売り払って旅に出る。そして、木曽路、須原の宿で花漬売りの娘お辰に出逢うのだ。

なまめかしく売物にを添ゆる口のきゝぶりに利発あらわれ、世馴よなれて渋らず、さりとて軽佻かるはずみにもなきとりなし、持ちきたりしつつみしずかにひらきて二箱三箱差しいだつきしおらしさに、花は余所よそになりてうつゝなくのぞき込む此方こなたを避けて背向そむくる顔、折から透間すきまかぜ燈火ともしび動き明らかには見えざるにさえ隠れ難き美しさ。

 すっかりお辰に魅せられた珠運。「こんな山深いところに、いったい何者か?」と不思議に思い、宿の主人からお辰の身の上話を聞く。

お辰は長州の志士と京の芸子、室香との間にできた娘。だが、父は彼女が生まれる前に鳥羽伏見の戦いに参戦したまま戻らない。室香はお辰を産み、女手ひとつで育てるが、ついに病に倒れて亡くなってしまい、お辰は叔父の七蔵に引き取られる。だが、コイツが悪いヤツ、博打で身代を潰したあげく、お辰を昼は賃仕事、夜は花漬売りとこき使い、自分は酒浸りの毎日。

 珠運はお辰を哀れに思うとともに、頭から彼女の姿が離れない。こんな具合だ。

く休まではかなわじと行燈あんどん吹き消しを静むるに、又してもその美形、エヽ馬鹿ばかなとかっと見ひらき天井をにらむ眼に、このたびは花漬なけれど、やみはあやなしあやにくに梅の花のかおりは箱をれてする/\とまくらに通えば、何となくときめく心を種としてさきさきたり、桃のこび桜の色、さては薄荷はっか菊の花まで今真盛まっさかりなるに、みつを吸わんと飛びきたはちの羽音どこやらに聞ゆるごとく、耳さえいらぬ事に迷ってはおろかなりとまぶたかたじ、掻巻かいまきこうべおおうに、さりとてはしからずうるわしきまぼろしの花輪の中に愛嬌あいきょうたたえたるお辰、気高きばかりか後光朦朧もうろうとさして白衣びゃくえの観音、古人にもこれ程のほりなしとすきな道に慌惚うっとりとなる時、物のひびきゆる冬の夜、台所に荒れねずみの騒ぎ、憎し、寝られぬ。

 そんなお辰への想いをなんとか振り払って、旅に出ようとするが外は大吹雪。出立を諦めて炬燵に当たろうとしたとき、珠運はお辰が落としていった櫛を見つける。忘れようとしても忘れられないお辰。珠運は小刀を取り出し、その櫛になにやら彫り始めた。ようやく雪が止んで、珠運はお辰の家を訪れる。

近付くまゝにうちの様子を伺えば、寥然ひっそりとして人のありともおもわれず、是は不思議とやぶれ戸に耳をつけて聞けば竊々ひそひそ※(「口+耳」、第3水準1-14-94)ささやくような音、いよいよあやしくなお耳をすませばすすなきする女の声なり。さては邪見な七蔵しちぞうめ、何事したるかと彼此あちこちさがして大きなるふしの抜けたる所よりのぞけば、鬼か、悪魔か、言語同断、当世の摩利まり夫人とさえこの珠運が尊く思いし女を、取って抑えて何者の仕業ぞ、むごらしき縄からげ、うしろの柱のそげ多きに手荒くくくし付け、薄汚なき手拭てぬぐい無遠慮に丹花たんかの唇をおおいし心無さ、元結もとゆい空にはじけて涙の雨の玉を貫く柳の髪うらみは長く垂れて顔にかゝり、きぬ引まくれ胸あらわに、はだえは春のあけぼのの雪今やきえ入らんばかり、見るからたちまち肉動ききも躍って分別思案あらばこそ、雨戸ひらき飛込とびこんで、人間の手の四五本なき事もどかしと急燥いらつまでいそがわしく、手拭をて、縄を解き、懐中ふところよりくし取りいだして乱れ髪けと渡しながら冷えこおりたる肢体からだを痛ましく、思わず緊接しっかりいだき寄せて、さぞや柱に脊中がと片手にするを……

 胸を露わにした姿で柱に緊縛されたお辰がいかにもエロチックだ。珠連がお辰の髪を梳いてやる櫛には、「一重の梅や八重桜、桃はまだしも、菊の花、薄荷の花の眼も及ばぬまで濃き浮き彫にして香う計り」と、お辰の姿とともに浮かんできた数々の花々が彫られていた。

 このようにして珠運はお辰を救い出し、宿にかくまうが、そこへ七蔵が押し込んでくる。珠運は百両を七蔵に支払い、お辰と縁を切らせる。宿の主人が珠運にお辰との祝言を勧めるが、彼は「之を妻に妾に情婦になどせんと想ひしにはあらず」と断って、旅に出てしまう。まあ、なんという堅物だろう。

 ところが、旅に出たはいいものの、馬籠まで行ったところで珠運は病に倒れてしまう。そこへ宿の主人とお辰が駆けつけ、須原の宿へ戻り、お辰の寝ずの看病もあって珠運はようやく回復する。この間二人は仲睦まじくなって祝言をあげることになるのだが、その当日、なんとお辰が失踪してしまうのだ。

実はお辰の父は生きていて、明治政府で出世して子爵にまでなっていた。彼がお辰を見つけて、自分のもとへ連れ戻したのだった。子爵からは宿の主人宛に事情を書いた手紙と二百円が届けられ、その後、子爵から使いがやって来て数々の贈り物、お辰からの手紙、金子二百円を珠連の前に並べて、ひたすら頭を下げる。珠運はお金を突っ返そうとするが、男は「あなたは花漬売りだから祝言を上げる気になったので、こうなったら男らしくきっぱり諦めた方がいい」と言い置いて東京へ帰ってしまう、とこのあたりまでが前半である。

 ここまでは哀れな娘が生き別れた父と再開を果たすという当時よくあった物語だが、この後、ガラリと様相が変わる。だいぶ長くなったので、この先は次回としたいが、気がついたことを一つ書いておく。

 それは「貨幣」の話だ。この作品には「両」と「円」が出てくる。珠運が家財を売って得たお金が三百両、お辰への手切れ金として七蔵に払ったのが百両だ。一方、宿の主人や珠連への御礼が二百円である。同じく通貨を「円」に定める「新貨条例」が公布されたのが明治四年、交換率は旧一両が一円と定められた。明治六年頃には両から円への移行が進み、明治七年頃には切り替わったので、この物語の時期はその移行期にあたるようだ。当時の高額貨幣は一円から二十円の金貨で、明治五年には紙幣「明治通宝」が出る。宿の主人が子爵からの手紙に添えた二百円を見つけたところの描写に、「加へて二百円何だ紙なり」とある。もらったお金が金貨でははく紙幣だったので、がっかりした感じがよく出ている。

 

 

  • 筆者
    office-labyrinth
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