(十八)尾崎紅葉「二人比丘尼色懺悔」

明治二一年には特筆すべき小説が発表されていないので、明治二二年に移る。この年は山田美妙が「胡蝶」と「いちご姫」を発表し、人気絶頂にあり、そして後に「紅露時代」と呼ばれるまでになる人気作家、尾崎紅葉と幸田露伴がそれぞれ出世作を発表した年なのである。その二作のうち、今回は尾崎紅葉の「二人比丘尼色懺悔」を、次回は幸田露伴の「風流仏」を取り上げる。

さて、尾崎紅葉は山田美妙らと硯友社を設立し「我楽多文庫」に作品を発表していたが、本格的な世に認められるのはこの「二人比丘尼色懺悔」以降となる。紅葉二三歳の時である。この作品はたいへん好評を博したため、翌明治二三年には続編「新色懺悔」を発表している。その序に、「文章は在来の雅俗折衷をかしからず。言文一致このもしからずで。色々記を揉み抜いた末。鳳か鶏か――虎か猫か。我にも判断のならぬかゝる一風異様の文体を創造せり」とあるように、紅葉は言文一致には組せず、文章に独自の工夫を凝らした。会話は極めてダイナミックで読者を話の中に引き込む力を持っている。

「二人比丘尼色懺悔」という題名はかなり色っぽい話を想像させるが、残念ながら、その期待は裏切られる。話は「発端 奇遇の巻」「戦場の巻」「怨言の巻」「自害の巻」の四部からなるいわゆる額縁形式で、「発端 奇遇の巻」全部と「自害の巻」のラスト数行との間にメインの話が挟まっている。この構成も相当工夫されている。

山深き場所にある庵に一人の尼が住んでいる。そこへ一人の尼が訪ねてくるところから話が始まる。

聞けば山道に迷ったので一晩泊めてほしいという。主人の尼は彼女を喜んで迎え入れ、二人は紙帳(紙を貼り合わせた蚊帳)の中に一緒に寝る。客の尼は夜中に眼を覚まし、紙帳に手紙が貼り付けられているのを見つける。何気なく読むと、それは戦場に赴く夫が死を覚悟して妻に残した書置。最後には「若葉殿」と記されている。客の尼はふと妙なことに気づく。

涙にさまたげられながら読了よみをはる文。じっと首を傾け。また文を詠め。
「はて……似た手跡もあるもの。小四郎様に其まま。誰の筆やら……宛名ばかり……」
暫らく思案に沈み。「あアー気の迷」

客の尼は目覚めた主人にその手紙のことを聞く。若葉というのはその主人の名前で、夫が討死して尼となったという。そして、客に尼となった理由を尋ねると、彼女も頼む夫に死に別れ、味気ない浮世をはかなんで出家したという。そして、二人は身の上話を始める。ここまでが発端である。
話が変わって、浦松小四郎守真という武士が登場する。彼は戦場でひどい手傷を負って倒れているところを叔父の遠山左近助武重に助けられる。守真は子供の頃、両親を亡くし、叔父のもとで育てられていたのだが、今、二人は異なる主君に仕え、敵同士になっている。武重は重傷の守真を自分の屋敷へ送る。武重には「芳野」という娘がいて、守真と許嫁の関係にあった。芳野は守真を看病し、彼は起き上がれるところまで回復する。芳野は守真が自分を捨て、主君の腰元であった若葉と結婚したと彼を責める。

「いゝェお忘れ遊ばしたに相違御座りませぬ」
少し声をうるまし。膝を詰寄せて言ひ懸れば。
「何故に其様な事を……」
「何故……とはお情ない。左近之助の娘なら。幼稚折ちいさいをりから浦松小四郎守真の許婚いいなづけでは御座りませぬか。親と親が誓文せいもん許した女夫めをとでは御座りませぬかもゥし……小四郎様」
夜具の袖に取附き。身を震はし。
「あなたは左近之助に芳野といふ娘がある事をお忘れ遊ばしたのでは御座りませう。余りといへば……お……お……お情ない」
守真は青く――こけたる手をさし出し。芳野が伏したる肩にかけて。
「なンの其を……八幡はちまん忘れは致さぬ」
肩に懸られし。守真の手を握り詰め。
「なンとおッしやッても。現在私をお見捨遊ばして。外に言喚いひかはしたお方と……」
言ふに言はれぬ口惜くやさは。涙とむせび声が物語る。

守真は芳野にやむにやまれぬ事情があって若葉と結婚したと説明するが、芳野の気持ちは収まらない。

芳野の胸は裂けるほど。たもと噛占かみしめて畳に伏し。涙は惜まず声を惜みて泣く。やうやくおもてをあげ。頬にかゝるびんの乱れ毛の濡れたるを。掻き払ひ/\。
「いッそ死たう御座ります」
「死にたい……」
「はイたのしみない命を長らへて。こンな苦労を致すより……」
「惜しからぬ身をいつまでも……口惜くやしい日を送るより……」
不思おもはず互いに見合す顔。見合す間もなく背ける顔。芳野は涙を拭ひ。守真は眼を閉づる。

と、こんな具合。どんどんと話に引き込まれていく。結局、守真の主君が戦に破れ、その知らせを聞いた守真は自害する。そしてラスト。すでにおわかりのように、庵の主人は若葉、訪ねてきた尼は芳野で、二人は同じ男を愛していたという話。

引用したように紅葉の文章はうまいし、そのストーリー展開も劇的である。人気が出た理由もよく分かる。ただ僕から見れば、せっかく最初で客の尼が書き置きが自分の夫と同じ字体だ気づくという伏線を張ったのに、守真を中心に物語を展開させたため、かなり早い段階で「二人が同じ男を愛していた」というネタが割れてしまったのが残念である。

紅葉は人気絶頂となり、さまざまな作品を書いていく。「金色夜叉」の名は知らない人はいないだろう。一方で、かなり表面的だという批判も受けるのである。自然主義文学の旗手である田山花袋は「尾崎紅葉とその作物」の中で次の様に述べている。

かれの芸術は、多くは興味中心から成り立っている。対照の面白味、事件の面白味、でなければ、文章の面白味を目的としている、想像力の用い方なども、随分空想に近いような用い方をしている。「面白くなければ駄目だ。現金なものサ。人が読んで呉れないからね。」こう言ってかれは若い人達の作品を評した。

  • 筆者
    office-labyrinth
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