(十)万葉時代の遊女②

つぎは、巻八の春の相聞歌で、「遊行女婦」とあるだけで詳しい説明はない。

橘の歌一首 遊行女婦うかれめ

一四九二
君がの花橘はりにけり
花なる時に逢はましものを
【訳】あなたの家の橘の花はもう実になってしまいましたね。花がある時にお会いできればよかったのですが。

つまり、あなたは結婚してるのね、もっと早いうちに逢えればよかったわ。

三番目は大伴家持が国司として越中に赴任したとき、布勢の水海、すなわち現在の富山県氷見市の十二町潟に遊んだ時の歌だ。
「水海に至りて遊覧あそぶ時、おのおのもおもいを述べて作める歌六首」とあり、その中に

四〇四七
垂姫の浦を榜ぎつつ今日の日は
楽しく遊べ言ひ継ぎにせむ
右の一首は、遊行女婦うかれめ土師はにし

【訳】垂姫の浦に舟を漕ぎながら進んでいく。今日一日、楽しくお過ごしくださいね。その様子をのちのちまで語り継ぎましょう。

さらに、四月うつき一日つきたちのひ、掾久米朝臣廣繩が館にて宴せる歌四首の中にも、同じ遊行女婦うかれめ土師はにしの歌がある。

四〇六七
二上ふたがみの山にこもれる霍公鳥今も
鳴かぬか君に聞かせむ
右の一首は、遊行女婦うかれめ土師はにしがよめる。
【訳】二上山の木陰に隠れるホトトギスよ。今、鳴いてくれないかな、あなたにお聞かせするのだから。

舟遊び・宴席と、どちらも家持が「遊行」したときの歌だ。「遊行女婦」はその側にはべるコンパニオンだったと思われる。

巻十九にはつぎのくだりがある。

四二三〇
降る雪を腰になづみて参ゐり
来ししるしもあるか年の初めに
右の一首は、三日、介内藏忌寸繩麻呂が館に会集つど
宴楽うたげせる時、大伴宿禰家持が作める。

その時、積もれる雪重なるいはほの趣をり成し、奇巧たくみに草樹の花をいろどひらく。此に《きてまつりごとひと久米朝臣廣繩がよめる歌一首

四二三一
撫子は秋咲くものを君が家の
雪の巌に咲けりけるかも
遊行女婦うかれめ蒲生娘子かまふのいらつめが歌一首

四二三二
雪の島巌にてる撫子は
千世に咲かぬか君が挿頭かざし

この部分については、奈良大学の上野誠先生が「万葉びとの宴(講談社現代新書)」の中で詳しく述べておられる。
年の初めに越中の国司の大伴家持は部下の内藏忌寸繩麻呂の屋敷での宴会に、雪の中に宴会に参加した。

この時のことである。降り積もった雪に、 重なる岩山がそそり立ったさまを彫刻した立像を作り、見事に草木の花を彩る趣向がなされていた。

それ見て、家持の同僚のの久米廣繩が、

「なでしこは秋に咲くものですよねぇ ところがところがですよ   あなたのお家の雪の 岩には なな なんと今も咲いていたんですよねぇー(スゴイ)」

と歌を詠んだのだ。さらに遊行女婦の蒲生娘子が、

「雪降る庭の そのお庭の岩に植えてあるなでしこの花  なでしこの花 は 千代も変わらず咲いてい てほしいわ  だって あなたのかざしにするんだもん」

と詠んだのである。

 

 

さらに二首、蒲生娘子は挽歌も詠んでいる。

四二三六

天地の神は 無かれや うつくしき 妻離さか
光る神 鳴り波多はた娘子をとめ 手携ひ 共にあらむと
思ひしに 心違たがひぬ 言はむすべ 為むすべ知らに
木綿ゆふたすき 肩に取り掛け 倭文しつぬさを 手に取り持ちて
けそと 我はめれど きて寝し 妹が手本たもとは 雲に棚引く
反し歌一首

四二三七

うつつにと思ひてしかもいめのみに

手本巻きと見ればすべなし

右の二首、伝へ誦めるは遊行女婦蒲生なり。

最初の歌は「可愛い妻が亡くなってしまった。手を携えて一緒に居ようと思っていた。死なないでくれと祈ったけれど、妻の袂は煙となって空にたなびいている」、二つ目は、「現実だと思いたい。手枕して一緒に寝ている夢をみる。でもどうしょうもない」という意味である。

以上の様に、万葉集にある「遊行女婦」とは、貴人の宴席に同席して、歌まで詠める教養のある婦人であるといえるだろう。後の「娼婦」とはだいぶ毛色が違っている。広辞苑が言うところの「定まった夫も家もなく、うかれ歩く女。遊女」にはそぐわない。上野先生はつぎのように述べている。

今日、『ウカレメ』『アソビメ』 といえば、売笑を想起しやすいが、国司らの宴に招かれた遊行女婦に期待されていたのは、その美貌と伴に、宴会芸であったと思われる。「ウカレメ」といった場合、一般的には、浮かれて歩く人すなわち漂泊の民、放浪の民の ように考えられているが、宴席のあるところに、常に出向いてゆく人であると解する方がよいだろう(土橋 一九八〇、初版一九六八年)。

最初の筑紫娘子の例で見るように、身分としてはそれほど高くはないだろう。だが、これだけの歌が詠めるのだから、決して卑しいとは思えない。

さて、実はこれで終わりではない。万葉集でもう一箇所、「遊行女婦」を扱っているくだりがあるのだ。これついては、次回研究してみたいと思う。

参考資料

上野誠. 万葉びとの宴 (講談社現代新書)

  • 筆者
    office-labyrinth
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