アレクサンドロス戦記(六七) 第三章⑧
(四)ニコ、星を見る
ニコは眼を開けて、周囲を見回した。深夜である。まだ、みんな眠りこけているはずだ。
物音をたてないように細心の注意を払いながら、起き上がる。男たちの間を抜けて天幕の入り口に向かう。開かれた窓から入り込む光。星明かりのおかげで、寝ている男達の姿がよく見えた。なんて間抜けな顔なんだろう。幸い、みんなぐっすりと寝入っているようだ。これなら誰にも気づかれずに、天幕から抜け出すことができそうだ。長身のイリネオスの横を通り抜ければ、もう外だ。
そのとき、背後でガタリと音がした。
まずい、みつかった!
ニコは棒のように、その場で硬直した。しばらく、そのままじっとしている……。
何事も起こらない。
後ろを振り返る。太っちょのミハイルの足が寝床からはみ出ている。胸が上下に動いている。寝息も聞こえる。
大丈夫だ。このまま、出て行こう。ニコは忍び足で歩く。やっと、天幕の外に出た。大丈夫、誰にも見つかっていない!
明るい。星がキラキラと輝いている。満天の星だ。一つ一つがまるで眼のように思える。
幾千万の眼が天空からニコを見つめている。ニコの一挙一動を見張っている。これからしようとしていることも、きっと星達に監視されているのだと思うと、ニコはだんだん恐ろしくなってきた。
アリスベのキャンプの中を歩く。みんな戦に出掛けてしまっていて、ほとんどの天幕が無人だが、ひょっとして誰かに出くわさないとも限らない。周囲を伺いつつニコは歩みを速めた。
見慣れた天幕の前にやってきた。アリスタンドロスの天幕。
ここのところ、毎日、ここに食事を運んでいる。一人の少女の為に――。
三日前、ニコは腕の中にその少女の身体を捉えた。そのまま、彼女を押し倒そうと思ったのだが、痩せっぼっちのくせに、凄い力で反撃してきたのだ。ニコは頬を爪で引っかかれた上、急所を足で蹴飛ばされた。その結果、ニコは地面に這いつくばって、しばらくの間、股間を手で押さえて呻いていた。さすがに悪いと思ったのか、少女が声をかけてきた。
「あなたが悪いのよ、急に襲いかかってくるから」
「……僕の腕に跳び込んできたのは君の方だ」ニコは呻きながら言った。
「でも、これって効くのね。もし、危ない目にあったら、こうしろと教わったの。護身術よ。使うのははじめてだけど」
「ひどい……つぶれちゃったかも」
「大丈夫よ、しっかりしなさい、男の子でしょ」
股間の痛みはようやく治まってきた。ニコは近くで少女の顔を見たが、天幕の中は暗くてはっきりとはしない。いい匂いがした。どこかで嗅いだ匂い。
――ねえちゃんと同じ匂いだ
「さて、パンケーキいただこうかな? 私お腹がすいちゃったわ」
少女は料理の入ったバスケットを取り上げて、ニコの隣に座った。
「昨日のお粥、とっても美味しかったわ」
「ねえ、君の名はなんていうのさ? 僕はニコさ」
「私はペリボイア」
少女は口をもぐつかせながら言った。