アレクサンドロス戦記(八四) 第四章①
(一)ソロンからアリストテレスへの手紙
グラニコス河の戦いの後にご一報を入れて以来、めまぐるしく日々が過ぎ、連絡がしばらく途絶えてしまった事をお許しください。
先の手紙で書いたように、グラニコス河での戦闘はマケドニアの圧勝という結果になりました。リュディア・イオニア太守のスピトリダテス、カッパドキア太守のミトロブザネス、大王ダレイオスの子アルブパレスは戦死、ヘレスポントス・プリギア太守のアルシテスはプリギアへ逃亡後に自死するなど、ペルシャ側に大打撃を与えることができました。アレクサンドロス陛下のずば抜けた戦闘能力にはまことに驚くばかりです。ただ気がかりなのは、戦場から逃亡し、未だ行方知らずとなっている傭兵隊長のメムノンです。もうこの辺りにいますまい。きっと、またどこかで反撃してくるに違いありません。
マケドニア軍勝利の知らせは、すでに各地に渡っているようで、パルメニオン将軍が接収にかかったヘレスポントス・プリギアの首都、ダスキュリオンは即座に無血開城し、蓄えられていた金銀・食料を明け渡したとのことです。また、陛下の軍がリュディアの首都サルディスへと侵攻しますと、町の手前で砦を守備する指揮官ミトレネスと市の代表が私たちを待ち構えていて、城壁と財貨を陛下に差し出すと言ってきました。陛下の力に怖じ気づいたものと思われます。
サルディスはヘルムス渓谷の中流に位置し、トモロス山の山裾の険しく高い尾根にアクロポリスを持つ都市。ご承知の様に二〇〇年以上前のクロイソス王の時代、アナトリア高原で最も優勢な国だったリュディアの首都です。ペルシャのキュロス二世に破れて以来、ペルシアの一属領となり、首都スサと王の道で結ばれ、この地方の重要な拠点になりました。私たちはミトレネスらの案内のもと古なるリュディアの都、サルディスについに入城を果たしました。高くそびえ、切り立った城砦。周壁はなんと三重になっています。本当に堅固に守られた町なのです。陛下は早速城壁に登ると言われ、そこから街の状況を調べられました。また、いろいろな人々を呼んで話をお聞きになられました。そして、けっして強引にマケドニア式を押しつけたりせず、従来のリデュア古来のやりかたを続けることをお許しになられました。これには一部の将軍が不満を漏らしましたが、「このような些細な問題は受け入れ易いものとするのが第一だ」と仰って不平を抑えてしまいました。また税についても、差し出す相手がペルシャからマケドニアに変わる以外は従来通りとすることで、町の人々を安堵させたのでした。
もう一つ私が感心したのは、サルディスにオリンピアのゼウス神殿を建立することを決められた際に、その場所としてかつて王宮があったところを選ばれたことです。陛下が城壁の上に立った時、にわかに嵐が吹き起こって、はじけるような激しい雷鳴がとどろき、かつてリュディア人の宮殿があったちょうどその場所に沛然たる驟雨が降り注いだので、これを神の啓示として受け入れたということに一応なってはおりますが、長らくペルシャ人に押さえつけられてきたリュディア人からみれば、自分たちの偉大な王の居城跡に崇高なる神殿が建つことは、かつての栄光を誇り高く想起させ、この上ない喜びに感じられたことでしょう。