アレクサンドロス戦記(五七)第二章⑳
バルシネは昔の事を思い出してフッとため息をついた。
メントルとメムノン――バルシネはこの二人の兄弟の妻になった。顔は似ているが二人はまるで性格が違う。兄メントルは激しい気性の持ち主だが、明るくて何事につけても積極的で、目立ちがり屋だった。そして、数々の武勲を上げ、いつも人々の称讃の的だった。それに対して、メムノンは控えめで、兄の陰にかくれて目立たない。始終、考えに耽っていて、最小限しか喋らないのだが、たまに語り始める時、その言葉はいつも本質を捉えていた。しかし、あまりにも目立たないので、人々の口に上ることはほとんどなかった。人々がメムノンの真価を知るのはメントルが亡くなってからのことである。
バルシネはこの兄弟をどちらも愛していなかった。父アルタバゾスが彼らの妹と結婚し、さらに両家の結びつきを強固にしようとバルシネをメントルに嫁がせたのだ。ちょうど、エジプト侵攻の功績が認められ、メントルが大王アルタクセルクセスから西方軍の司令官に任ぜられた時だった。
バルシネたちがペラに避難していた時、メントルはエジプトに亡命していた。そして、そこで傭兵隊を指揮し、ペルシア軍と戦った。だが、結局、捕らえられてしまい、命と引き換えに恩のあるエジプト攻めを命じられてしまう。そして、メントルはまったく動じることなくエジプトと戦い、非情にも昔の仲間をつぎつぎと殺戮していった。利にさとい男だとバルシネはメントルを見ている。もし、家族を皆殺しにせよと大王に命じられたなら、眉一つ動かさずに私や娘を殺してしまうことだろう。
だが、ベッドの中の彼は最高だった。年齢が二二歳も離れているのだ。結婚はしないまでも、おそらく、これまでに何人もの女を抱いてきたのだろう。彼は女心ばかりでなく、女の急所を十分知り尽くしていた。
初めての夜、バルシネはメントルの前で緊張のあまりうち震えていた。そんな彼女を彼は優しく抱き、頭を撫でながら、たっぷり甘い言葉をかけて、「怖がることなどないのだ」と言いきかせた。そして、その夜はそこまで。次の日、バルシネが少し馴れてきたことを確かめた後、彼は軽いキスをし、彼女の感じやすいところに触れた。性感帯を積極的に愛撫し始めたのは、三日目の夜からである。日を重ねるごとに愛撫は濃厚でかつ時間を掛けたものになっていった。そうやって、ゆっくりと欲情の炎を燃え上がらせていったが、彼女の方から求めるまでは結合しなかった。そして、二週間かけて、やっとバルシネは女になったのだ。それからも、彼はセックスのハードルをどんどん上げていき、若い肉体はつぎつぎと開発され、バルシネはメントルの好みの女へと変身していったのである。もうメントルの思いのままだった。メントルの指先の微妙な動きに彼女は悶え、もっと責めてくれと哀願し、言われるままあられもない体位をとり、彼のものを喜々として口に含むまでなった。バルシネはもうメントル無しでは一日も暮らせない身体になってしまっていた。
バルシネはそんな自分の変化が怖かった。メントルとの麻薬のような甘美なセックスを怖れた。そして、冷酷なメントルを怖れた。だが、不幸というか幸いというか、そんなメントルとの生活は長く続かなかった。メントルがあっけなく死んでしまったのだ。バルシネは解放された。しかし、バルシネの身体と心には、メントルの刻印がしっかりと刻みつけられてしまっていたのだ。