アレクサンドロス戦記(八一) 第三章㉒
夫が前に立った。
何をする気なの? 皆に見られている中で私を犯すつもり?
露出した局部に足が触れた。身体の中で火花がはじけた。
バルシネは低く呻いた。「お前は淫乱なのだ」という言葉が頭の中で反響している。触れられているところから、灼熱感が拡がっていく。
思わず腰を引く。だが、夫の指が逃すものかと追いかけてくる。
足が動くたびに声を上げる。指の角度ひとつで、もたらされる快感が変わる。身体が勝手に反応してしまう。
どうしよう? まただ、また……
「いい声じゃないか。皆に見られているぞ。浅ましい姿を見られている。それでも、十分に感じているな。ほんとにお前は淫乱女そのものだ!」
バルシネは自分を責め続ける夫を睨んだ。責めに抗うと、夫は面白がって指の動きを速めて、一層強い刺激を送ってくる。徹底して屈辱感を煽ってくる。バルシネはそんな夫が憎かった。そして、それ以上に、夫が自分を試しているのだと知りながら、いともたやすく夫の性技に反応し、あられも無い声で喘いでしまう自分が恨めしかった。
指が柔らかな肉の中にめりこんで、生き物のように動いている。蕩けるような快感がバルシネを支配する。快感に押されて、憎しみや恨めしさが薄れていく。
「ほら、足の指だけでもこんなに悶えるのだ。さぞかし、抱かれて刺し貫いてもらいたいのだろう。俺を誘ってみろよ。いつもやっている様に尻を振れよ」
自然と腰が動く。もっと強い刺激を求めて腰が動いてしまう。バルシネはいつしか腰を振っていた。使用人達の前にもかかわらず、まるで淫売女のように――。
夫が性器から指を離した。バルシネは高みに上り詰める寸前に、無残にも放り出されてしまった。次第に身体の火照りが冷めていく。同時に虚しさがバルシネの身体を蝕んでいった。再び、頭の中で「お前は淫乱なのだ」という声が響いていた。
「お前は前から気づいていただろう」
夫の声でバルシネは我に帰った。
「お前の身体が普通でないことに……」
バルシネは夫の言葉を噛みしめた。
確かに気づいていた。この身体の火照りを誰か鎮めてくれないかとバルシネはずっと思っていたのだ。
「俺はお前と結婚してもお前を抱かなかった」
そう、抱いてくれなかったのだ。バルシネは初夜のでき事を思い出す。あの時から、夫は自分に背を向けていた。せっかく刺激的な薄衣に身を包んで行ったのに、指一本触れさえしなかった。
「お前を抱かなかったのは何故だと思う?」
何故って? バルシネはずっとそれを問い続けてきたのだ。なぜ拒絶されるのか? だが、考えても考えても分からなかった。
自分を嫌っているのだと思い、「あなたは私をお嫌いなのですか?」と訊いた事もある。だが、夫は嫌いだと言わない。夫婦になったのだから肌に触れて欲しいと頼むと、考え事をしているから邪魔しないでくれと拒絶された。そんな状態がずっと続いていた。
これから拒絶した理由を話そうというのだろうか?
バルシネは夫の顔を見た。真剣な顔つきに変わっていた。
「お前達、ここはもういいから自分の仕事に戻りなさい」
夫はそう言って召使い達を部屋から追い出した。
広い部屋に二人だけになった。全裸で床に仰向けになっている哀れな妻とちょっと前まで彼女の性器をさんざん嬲っていた夫の二人だけに……。
「教えてやろう。俺がお前を無視したのは、お前がすっかり変わってしまっていたからだ。マケドニアに亡命していた頃のお前とは違っていた」
いまさら何を言っているのだとバルシネは夫にくってかかった。
「私はメントルの妻となり、子供までもうけたのです。少女の頃の私と同じ筈がないではありませんか」
「もちろん、分かっていたさ。少女の頃とは同じである筈はないとは思っていた。だが、俺はお前の中に兄の印をいくつも見つけてしまったのだ」
夫の声は暗く沈んでいた。バルシネは身体を起こした。
「お兄様の印?」
「そうだ、兄メントルの印だ。媚びるような笑み、男を誘う時の目つき、蠱惑的な身のこなし、官能的な甘い香り……。俺は一度、女を買った事がある。その娼婦と同じだった」
「娼婦……」
「その女は兄と関係していた。そして、俺をなじった。『メントルだったらもっといい気持ちにさせてくれるのに』と言ったのだ。俺はその女の首を絞めていた。お前はその女と同じ臭いがするのだ。兄好みの淫靡な臭いをプンプンさせているのだ」
「そ、そんな!」
バルシネは大声を上げいていた。
「俺は兄と関係を持ったたくさんの女達を知っている。皆、同じ臭気を放っていた。兄は手当たり次第に女を見つけると、自分好みの淫蕩な女に作り変えていた。それが兄の楽しみだったのだ」
「楽しみ……」
バルシネは思い出していた。
メントルは時間をかけて私を女にした。そして、焦らしながら、少しずつ甘い性の喜びを与えていった。私は蕩けるような性愛の深みにドンドン嵌まっていったのだ。
私は何も知らなかった。夜の営みの事は何も知らなかった。だから――いい妻になろうと、メントルに言われるままに何でもした。
それが普通だと思っていた。でも、もしそれが普通で無いことだったとしたら――。
「お前が俺を誘う時、俺が欲しいのではなくて兄が欲しいのだと俺は思った。あの娼婦の様に。お前の身体は叫び声を上げていた。兄の様に犯してくれ、兄の様に私を天国に送ってくれとね。だから、俺はお前をとても抱く気になんかなれなかった」
「そ、そんな! で、でも、あなたは私を抱いたわ。そして、子供ができたじゃありませんか!」
バルシネが叫んだ。
「ああ、その通りだ。性欲が昂じてどうしょうもなくなった時や子供を作ろうとした時は、仕方なくお前を抱いた」
「し、仕方なく?」
「そうだ、仕方なくだ。俺はお前を避けていた。それなのに、それに気づかずにお前は俺の前で、兄から教わったやり方で、淫靡な科を作って俺を誘ったのだ」
「わ、私が悪いというの! 私のせいだというの! そんな事聞きたくない、聞きたくない! もう止めて!」
バルシネは両手で耳を押さえた。