第四話 祭り④

2020年01月26日

「長旅で疲れたろ。まだ皆んな揃わんから少し待ってもらう」
 そういうと猛は私の荷物を持って歩きだした。神社から少し歩く。このあたりに村でたった一軒の食堂があったはず。でも、そこは入口にトタン板が打ちつけられていて、もはや見るかげもない。そういえば、朽ち果てた様子の家が目につく。
「みんな出てしまって、空き家ばっかじゃ……」
 猛がいまいましそうにつぶやいた。私たちは古びた民家の前で立ち止まる。見覚えがある家だ。
「ここは、確か……」
「保んちじゃ。ここもないようになって、今は事務所に使ってら」
 同級生の保くん――賢い少年だったのを思い出す。確か、米屋さんで結構羽振りが良かった。やはり、この村で生きていくのはたいへんなのだ、と私はあらためて思った。

家の中に入る。すぐ土間になっている。昔はここに精米機が置かれていて、米袋がたくさん積まれていた。いまは、すつかり片づけられて、簡単なテーブルとパイプ椅子が置かれているだけだった。
「座れや。お茶、入れてやる」
猛は椅子をひとつ差し出した。それに座ると、彼は私の前に茶碗を置き、それにいっぱいになるまで急須からお茶を注いだ。私はお茶を一口すすった。熱い。冷えた身体に染み込んでいくようだ。
「ありがとう。おいしい。あったまるわ……」

「そうだろう。今日はえろう冷えるからな」
猛が私の前に腰を下ろす。ジッと私の顔を見つめている。あまり見つめられるので、私はなんだか恥ずかしくなってきた。
「もう村を出て何年になるか?」

 しばらくして猛が訊いてきた。ありがたい、これで気まずい沈黙から逃れられる。

「私が九つの時だから、十一年ね」
「早いな、もうそんなか」

 そしてまた沈黙。私は逃げ出したくなるって、お茶をぐっと飲み干した。その時、猛が何か不思議なものでも見るかのように目を細めた。

「……お前、ずいぶん綺麗になったな」

 なんて答えようか戸惑った挙げ句、私も彼を誉めることにした。
「そう? 猛さんも立派になって見違えてしまったわ」
「東京でなにしている?」
「小さな印刷会社で事務やっているの」
「東京はいろんなものがあろう。小綺麗な店で、いろんなものが買える」
「お金があればね。でも、私は安月給だから、一杯一杯よ。人ばっかで、大変なとこだわ……」
 ようやく会話がつながりだした。それなのに、身体が温まってきたせいか、なんだか眠くなってきた。いけないとは思いながらも、あくびがもれてしまう。

「眠いか?」
「ええ、なんだか眠いわ……」
「まだ、皆んな来ねえから、上でちょっと休んだらええ」
 なんとか眠気を押さえ込もうとするのだが、努力の甲斐もなく、眠気はドンドンと増してくる一方だ。ついに私は睡眠の誘惑に負けた。
「そうしようかな。朝が早かったから、眠うなってきたわ」
「そうせえ、そうせえ。皆んな揃たら起こしてやる。布団敷いて寝たらええ」
猛はそういうと、私を奥の座敷に連れて行った。押入れを開けて、布団を取り出している。私は敷かれた布団の上に倒れ込んだ。少しカビくさい臭いがする。猛が布団をかけてくれた。私は目を閉じた。

ズンズン……ズンズン……ズン

太鼓の音が小さくなってきた。

  • 筆者
    office-labyrinth
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