第五話 武者紫③
すぐに帰ってくるというのは嘘だった。もう、日が暮れかけようとしているのに、あの人はまだ帰ってこない。私は鴨居に吊されて、ずっとあの人の帰りを待ちつづけていた。
つま先立ちの姿勢は長く続かなかった。足が痛くなったため、縄に身体を預けるしかなかった。縄が肌に食い込んで、私を苛む。身体の重心を動かすたびに、ぎしぎしと縄が鳴って、絞られる場所が変わる。皮膚が痛い……しかし、その痛みは、次第に快感に変わっていった。
私は目を閉じて、その甘い感触に耽っていた。あまりの気持ちよさに、自然と口が開き、その端から涎が滴って、肌に落ちて、胸からお腹に伝っていく。
そして、股縄の刺激……最初のうち、私はそれを意識したが、今はもう、全ての刺激が渾然一体となっている感じだ。身体を動かすたびに、皮膚が絞られ、それに呼応して、内奥から甘い感覚が芽生えてくる。そして、それは次第に大きくなって、ついには突き上げるような衝動となって私を襲う。その時、私は腰を振り、顎を大きくそらせ、がくがくと身体を痙攣させて、大きな気をやるのだつた。
そのたびに、大声を出してしまう。その声が外に漏れないかと、はじめは気になったが、今はそんなことには全くお構いなしに、大声を出している。
がらがらと玄関の扉が開く音がした。
ようやく、あの人が帰ってきた……。
あの人は部屋に入ってきて、この私の姿を見て、なんと思うだろうか?
鏡の中の私は無残だ。
身体中に汗が浮いている。髪の毛を振り乱し、頬にもべったりとその毛が貼り付いていた。股縄はぐじゅぐじゅに濡れて、縄が吸い取れない蜜が太股を伝い、床にも垂れ下がっている。
鏡の中のそんな浅ましい姿を見て、これが私なのかと思う。これは私ではない。鏡の中にいるのは、紫色の縄で、がんじがらめに縛られて、ひーひーと喘ぎながら悦んでいる、サカリのついた淫乱なメス……
「ごめん、遅くなってしまった」
あの人は謝りながら、部屋の灯りを点けた。これでは、外からすっかり見えてしまうではないか……
「お利口にしていたかな?」
あの人は、私の全身を舐め回すように、見つめていた。私は恥ずかしさに、身体中が熱くなった。
あの人は私に近づくと、鴨居からの縄を緩めた。脚の自由がきかないため、私は畳の上に倒れこんだ。
あの人は、ぐったりとしている私を抱きかかえるようにして、畳の上に寝かせ、ゆっくりと緊縛を解き始めた。
じーんと、痺れるような縄の感触は、それが肌から離れても、まだ身体に残り続ける。その疼きがとても心地よい。長時間、吊られたため、すっかりこわばってしまった私の身体を、あの人はやさしく揉みほぐしてくれた。
「こんなに、縄の跡が残っている……」
その言葉に鏡を見ると、桃色に紅潮した汗ばんだ肌に、無数の跡がくっきりと浮かんでいた。
「少し、残るかもしれないな……」
あの人は、腕の縄目を指で摩る。そして、くっきりとした縄痕にそって、ゆっくりと舌を走らせていく。
「気持ちがいい……」
私は目を閉じて、あの人の舌の感触を楽しんでいた。舌先は乳房へ移動し、そして、乳首を転がすように弄んだ。