めくるめく出会いの風景⑥
「いらっしゃいませ……」
バーテンダーが暖かい声で私たちを迎え入れた。すでに数名の男女の客がおり、どこに座ろうかと迷っていると、彼は奥の席を勧めた。
「今夜は寒いですね。コートは壁の処に掛けてください」
真理絵はコート脱いで壁にかけ、勧められた椅子に坐ると、すぐにバーテンダーに向かって話しかけた。
「入り口から上がってくるときと中とでは全く雰囲気が違うのね……」
バーテンダーは微笑みながら、
「お客様によく言われます。こんな処にこんな店があるなんてと……初めてでらっしゃいますね」
「そうなんです。前から大人の店を探していて、ここの記事を見つけたんですが、とても一人で入れなくて……今日は先輩に付いてきてもらったんです」
「それはどうも有り難うございます。どうか十分楽しんで下さい……」
バーテンダーは頭を下げ、メニューを私に手渡した。
それを真理絵との間に置き、二人して眺めるのだが、何の事か分からない。
「わーっ、たくさんある」
真理絵がいった。
リストはベースとなる酒別に分類されていた。でも名前を見ただけでは何が何か見当がつかない。
「ジンフィズとか、モスコミュールは聞いたことあるわ……」
「何がいいですか……先輩……」
「迷ってしまうわね……」
真理絵は悪戯っぽく笑いながら私を見た。
「ねえ先輩、せっかくだから大人っぽいカクテルを試してみません?」
「そうねえ、でもどれが大人っぽいのかしら?」
真理絵はバーテンダーに、「大人のムードのカクテルってどれかなあ?」と尋ねた。
彼は笑って、
「大人のムードといってもいろいろありますからねえ……どういうのがお好みですか?」と答える。
そのとき、カウンターの一番奥に座っていた男が声を掛けてきた。
「僕が選んであげましょうか。素敵なお二人に似合うお酒を……」
声の方を見ると、高級そうなジャケットを着た長髪で痩せ型の男が微笑んでいた。
なかなか甘いマスクをしている。年齢は三十を超えていないだろうと思った。
「へえー、お酒に詳しいんですか?」
真理絵が身を乗り出して訊いた。
「それほどでもありませんが……大人の雰囲気といってもいろいろあるんです。人生の経験を経た様な落ち着いたものから、情熱的に愛を語るもの、かなりエロチックなものまで。まずはお二人の雰囲気に合うお酒を選んでみましょうか?」
「ぜひ、お願いします。せっかくだから、私たちだけでは絶対頼めないようなのをお願いします」
真理絵は積極的だった。
「そうだな……じゃあ、ちょっとエロチックなのを選んでみましょう。お嬢さんには『セックス・オン・ザ・ビーチ』。いかがですか?」
「えっ、ヤダーッ……セックスなんて!」
「浜辺のセックスなんて名前はスゴイですが、いいカクテルですよ。トム・クルーズが主演の映画『カクテル』で有名になったお酒です。今は結構ポピュラーなんです。それとも、ほかのにしますか?」
真理絵は目をキラキラさせて、「是非、試してみます!」といって、あわてて、
「浜辺のセックスではなく、お酒の方ですけど……」と言葉を足した。
男は吹き出していった。
「分かっていますよ……浜辺のセックスにお誘いしてもいいですけれどね。さて、もう一人のお嬢さんにはもう少し落ち着いたものを、そうだな、『キス・イン・ザ・ダーク』って、どうです? 魅惑的な名前でしょう、暗闇のキスなんて……」
私は恥ずかしさに身体中が熱くなったが、黙って頷いてしまった。
「では、それを。マスター、僕にはジャック・ダニエルのオンザロックを」
バーテンダーが男の方を見て、「承知しました……」と微笑んだ。
そう、その男、その男が浅井啓太だったのだ。