アレクサンドロス戦記(十九)第一章⑤
(二)フィロタス
(ペラ BC三三四年春)
町は狂気に支配されていた。
もはや兵達は制御が効かない野獣の群れだ。皆、ギラギラと血走った目で、憎悪を剥き出しにしている。
暴徒となった兵がテーバイの市中に溢れ、つぎつぎに無防備な市兵を襲った。
テーバイ軍はすでに武器を捨て、降伏していたのだ。だが、恰好の獲物にマケドニア兵が襲いかかった。
逃げ惑うテーバイ兵。弓兵がそれに向かってゆっくりと狙いをつけ矢を射る。矢はヒュッと鋭い音をたてて、逃げる者の背中に突き刺さる。胸から突き出た矢先を手で押さえて、人々は声も立てずにつぎつぎに地面に倒れていった。
市壁では追い詰められた人々が槍で串刺しにされ、ある者は頭を棍棒で割られて殺された。男達ばかりではない。いきりたった兵士達の視界に入った者は女子供の区別なく、すべて餌食になってしまった。
しばらくすると、町の中で動く者はほとんど見えなくなった。無数の屍体が路上に転がり、そこから血が川のように流れている。
家々の扉に向けて火の点いた矢が射込まれた。扉が燃え落ちる。
一軒の家からワーッと喚声が起こった。中を覗くと、数人の女と子供が恐怖に怯えた顔をして部屋の隅でかたまっていて、その前で数人の兵士がニタニタと笑いながら立っていた。
見せしめのためだろうか、それとも奴隷として売るには幼すぎるのか、幼児が引きずり出され、その小さな胸を剣で抉られた。母親が前に飛び出して来て、眼を吊り上げ、張り裂けんばかりの声をあげ、血まみれの骸を抱きしめる。だが、すぐ兵士が襲いかかり、女を押さえこんで、服を剥ぎとった。汗まみれの兵士が女の脚を持ち上げ、その上にのしかかって、腰を動かし始めた。
「いやっ」と叫んで女が抵抗すると、男は筋肉の盛り上がった太い腕を女に伸ばし、その細い首を締め上げた。
女は白眼を剝いてのけぞり、ガタガタと震え始めた。男は手の力を緩めず、腰を動かし続ける。女の首が不自然に歪んだ瞬間に男がドクドクと精を放った。男が身体を離したときには、女はもはや息をしていなかった。
一人の少女が飛び出してきて、脚にすがった。
「お願い、助けてっ! 殺される!」
何も出来ずにただ立ちすくんでいると、見るからに凶暴そうな小男が現れて、フィロタスの脚から無理やり少女を引き剥がし、脚を持ってズルズルと地面を引きずって行く。
少女は頭をもたげて恨めしそうな顔でフィロタスを見ると、「人でなしっ!」と叫んだ。だが、それはほんの一瞬の事で、すぐに数人の男に囲まれて衣服を剥ぎ取られてしまった。まだ幼さの残る身体が見えた。兵士が少女の上にのしかかる。少女は喚き声を上げ、手を振り回して必死に抵抗する。
「うるせぃっ!」
男が少女の顔を容赦なく拳で殴った。何回も、何回も……。そのうちに、少女の手が動かなくなった。ぐったりとなった少女を男達が時間をかけて代わる代わる犯し続けた。
あまりも残酷な光景だった。とても見ていられない。フィロタスは家の外に出た。
町は紅蓮の炎に包まれていた。どこの家でも同じ様な光景が繰り広げられていた。
兵達が家の中に押し入り、陵辱の限りを尽くす。そのあと、食料と金目のものを奪い取り、家に火を放つのだ。
捕虜となった老人、女、子供は裸に剝かれて、縄で縛られて、アゴラに集められた。人々は身体を寄せ合わせ、ひとかたまりとなって、身に降りかかった不幸を嘆き、すすり泣いている。
襲撃は夜中いっぱい続き、テーバイの町は炎に焼き尽くされた。
メラメラと燃える炎の熱によっ上昇気流が生まれ、激しい熱風となって市中を吹き荒れ、アゴラに集められた人々を灼く。熱さに耐えられず逃げ出した者は捉えられて、切り捨てられるか、松明で髪を灼かれた上で撲殺された。
アゴラは捕虜で一杯になっていった。抵抗すると確実に殺されるので、人々は押し黙って下を向き、啜り泣きを続けるだけであった。
老人が外へ連れ出されていった。兵が捕虜達の間を回り、老人と見るや引き立てていく。彼らは神殿の前で一列に並ばされ、その前に槍兵が立った。槍兵は鋭い槍先を老人の胸の辺りに置き、位置を決めると、いったん槍を引き、つぎに力を込めて突き上げた。このようにして、役に立たない老人達は、声を上げる暇も無いほどの時間に、つぎつぎと殺されていった。
広場に山のように屍が積まれた。そんな光景を目の当たりにしても、人々は泣くことさえできなかった。やがて自分たちを迎えに来る奴隷商人を呆然として待つしかなかったのだ。